• 公開日:2021年12月16日
  • | 更新日:2022年11月18日
バイオテクノロジーは私たちの産業をどう変えるか?~変革するモノづくり~

バイオテクノロジーは私たちの産業をどう変えるか?~変革するモノづくり~

バイオテクノロジーが第5次産業革命を引き起こすのではないかとまで言われています。同分野の中でも目覚ましい発展を遂げている合成生物学の領域に着目し、国内外のさまざまな産業において、これまでの常識を覆す事例を見ながら、その可能性や課題について考えます。

ビル・ゲイツ氏も入れ込むバイオテクノロジー

今回取り上げる合成生物学は、バイオテクノロジーの一種です。そもそもエクスポネンシャルテクノロジーを追いかけるマクニカが、なぜバイオテクノロジーに注目しているのか。それはこの市場が、かつてのコンピュータ黎明期のような兆候を見せているからです。実際、コンピュータ黎明期に先見の目をもち巨大な富を築いたマイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツ氏は「もし今学生ならば、コンピュータサイエンスではなくバイオテクノロジーを選ぶ」と述べています。

バイオテクノロジーと一口にいってもさまざまです。経済産業省では、「健康医療産業」(医薬品や再生医療など)、「食品農林水産業」(機能性食品など)、「環境エネルギー産業」(バイオ燃料など)、「化学産業」(バイオプラスチックなど)、「研究基盤産業」(ツールや試薬など)と5つに分類しています。共通しているのは、社会的重要性です。

経済協力開発機構(OECD)は、世界のバイオテクノロジー産業は2030年には200兆円規模になると予想しています。半導体が50兆円と言われているので、その4倍ということになります。巨大な市場であることがお分かりいただけるでしょう。

バイオテクノロジーにより、産業の振興や社会課題の解決を目指す新たな経済圏(バイオエコノミー)が誕生すると予想されています。デジタル化の次の産業横断的なイノベーションになるとも言われていますが、合成生物学はこのバイオエコノミーを実現する大きな鍵となります。

ムーアの法則が働いたITと同じ軌跡を辿っている

合成生物学は、生物を人工的に合成しようとする学問です。この分野が大きく進化するきっかけとなったのは、2010年に米国のCraig Venter博士が人工合成したゲノム情報に基づく生命を作ったことです。これにより、親から受け継いだ遺伝子ではなく、人工合成した遺伝子情報が元々の細菌の情報を上書きして新たな生命として振る舞えることが、世界で初めて立証されました。

このように、これまでの生命システムの研究が固体の生物から細菌、分子、遺伝子と解明していくトップダウンであるのに対し、合成生物学はボトムアップです。構成要素を部分的に組み合わせながら声明機能を人工的に設計してその挙動を解析するというアプローチで、一種のリバースエンジニアリングに例える人もいます。IT業界のエンジニアに似た側面を持っているというわけです。

これが可能になった背景にあるのは、ゲノム編集技術の飛躍的な発展です。その中でも注目されているのが、簡単かつ高精度のゲノム編集ができる「CRISPR-Cas9システム」(CRISPR)です。商用が発表されたのは2012年ですが、開発した2人の女性科学者が2020年にノーベル化学賞を受賞したことで、さらに注目が高まりました。

CRISPRなどの技術が普及したことで、生物のデザインとプログラミングの難易度が下がりました。実現したい性質や機能を自ら作ることも可能になりました。これが「バイオエンジニアリング」です。

合成生物学が急速に身近になってきている動きは、「ムーアの法則」の下でコンピュータが安価になり、マイクロソフトやアップル、そしてグーグルやフェイスブックのようなベンチャー企業が次々と誕生して巨大な産業となったITに似ています。ムーアの法則のような傾向は、DNAの配列決定コスト、DNAの合成コストに起きており、価格がどんどん下がっています。例えばヒトの全DNA配列解析は2000年前後には期間は10年、予算は3,000億円とも言われる国家の一大事業と言われていました。現在は3〜10万円程度、近い将来1,000円を切ると予想されています。

これにより市場が広がり、バイオベンチャー企業も誕生しています。また、CRISPRのようなゲノム編集技術を駆使して作った生物ロボットを競うロボコンのバイオ版とも言える「iGEM」などの大会も開催されています。

バイオマニファクチャリング–バイオテックが根本からモノづくりを変えている

ここで、医療分野、食品開発などでバイオ由来のモノづくりの事例を紹介しましょう。

医療分野は最も活用が進んでいますが、その真骨頂が新型コロナウイルスのワクチン開発でしょう。10年かかると言われる新規感染症のワクチン開発ですが、1年未満で実用化にたどりついたのがmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンです。モデルナ(Moderna)は合成生物学を応用し、mRNAに書かれた設計図に基づいて抗原タンパク質を人間の体内で作らせるという新しいコンセプトのワクチンを開発しました。これから、mRNAは医療バイオ界の新しいスタンダードになっていくと言われています。

食品開発も多くの事例が出ています。植物由来の肉は米国では普通にみられるようになりました。新型コロナにより食品工場が閉鎖され、世界的に肉不足になったことで、バイオ由来の食品ブームがさらに加速しています。

日本では2021年5月に日本初ゲノム編集のトマトが製品開発されました。血圧の上昇をおさえる効果が高いといわれるGABAを多く含むようにゲノム編集して品種改良しています。9月には、1.5倍肉厚にした鯛が流通しました。筋肉の成長をおさえる遺伝子を機能させないようにゲノム編集したもので、魚としては国内初となります。

このほかにも、エネルギー業界では排気ガスやゴミからエタノールを生成するなどの事例が出ています。素材でも、ゲノム編集で改良した微生物を利用したモバイル端末向けの高性能フィルム、キノコの菌糸体をゲノム編集したバイオレザーなどの事例が出てきています。

このような例から、バイオとテクノロジーを深く掛け合わせることで、根底から考え方の異なるモノづくり「バイオマニファクチャリング」が始まっていると言えます。作りたいものに近い遺伝子や微生物をデータから検索して見つけ出し、巨大なコンピューティングパワーとAIを使ってデザインし、ゲノム編集ツールで編集して培養する、これにより機能性に優れ、環境にもやさしい製品が開発できます。

SDGsやESG経営が社会的、経営的に重要課題になっていることも、バイオマニファクチャリングの追い風となっています。

法規制など課題やリスクもあるが投資規模は爆発的増加

バイオテクノロジー業界の可能性や潜在性はお分かりいただけたと思います。ですが、破壊的な技術は諸刃の剣といわれ、課題もあります。未知のリスクについて、2つの事例を紹介します。

1つ目は、2018年に中国で起きた出来事です。深圳の研究者がCRISPRを使ってHIV感染に関わる遺伝子を人工的に破壊した双子を誕生させていたことが公表され、世界から大きな批判を浴びました。この研究者には実刑判決が下りました。

2つ目は、米国フロリダ州で、遺伝子組み換えした蚊が自然界に大量放出されたというものです。デング熱などの感染症抑制を目的としたもので地元当局の承認を受けて進められたのですが、生態系を人工的に壊すと批判を受けました。

この2つの事例は、このようなことが技術的に可能になっているということに対して、法規制が追いついていないという課題を露呈したものと言えます。

このほかにも課題はたくさんあります。大きく分けると、技術的、標準化・知的財産、倫理的・パブリックアクセプタンス、バイオセーフティ・バイオセキュリティの4つに分類できます。

このような課題はあっても、市場の成長スピードはエクスポネンシャルに伸びています。合成生物学への投資規模は、2021年に1兆8,000億円、ベストケースでは4兆円になると予想されています。2021年の第1四半期、第2四半期の投資額はそれぞれ4,000億〜5,000億円、これは2009年から2019年の累計の投資額を超えた額です。参考までに、日本のベンチャー投資の総額が年間4,000億円〜5,000億円といわれています。

今年は合成生物学の投資という点で記録的な年になることは間違いありません。投資が集中している分野を見ると、医薬品、食品、ライフサイエンス、農業などです。

バイオと相性のいいテックジャイアントも高い関心を寄せています。グーグルが買収したDeepMindは「AlphaGo(アルファ碁)」の開発で有名ですが、先日「AlphaFold v2.0」というAIシステムを開発しました。複雑なタンパク質のアミノ酸配列の折りたたみ構造の解析は難しく、研究のボトルネックになっていました。タンパク質折りたたみは生物学にとって50年以上の課題でしが、AIを使ってほぼ完璧に予測したことで、バイオ業界には衝撃が走りました。今後、アルツハイマー病、パーキンソン病といった病気の治療、新薬開発、環境問題の解決にも大きく貢献できると期待されています。

バイオ業界のデジタル化は待ったなし

バイオテックでモノづくり産業が変革しています。開発スピードが10年から1年になるゲームチェンジャーな技術といえ、社会課題や地球規模の課題を解決できる可能性を秘めています。バイオテクノロジーの進展と社会実装は高速に進むことが予想されています。正しい知識を持って自分の判断で選択できる力を育むことが重要になってきています。

一方で、日本のバイオ産業は米国と比べると5〜10年遅れという指摘もあります。今後米国や中国がテクノロジー活用でさらに加速するのであれば、日本の遅れは10年どころではなくなります。日本のバイオ業界のデジタル化は待ったなしの状況といえそうです。エクスポネンシャルテクノロジーの社会実装を共創するマクニカは、この分野の知見も蓄積しており、さまざまな支援ができる体制を整えています。
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