- 公開日:2022年03月24日
- | 更新日:2022年11月18日
クラスDアンプのノイズ対策とは
- ライター:Kato Sadanori
- オーディオ
EMIとは
クラスDアンプのオーディオアンプICに対するノイズ対策について紹介する前にEMI(Electromagnetic Interference:電磁妨害)について説明しておきます。クラスDアンプについてはこちらをご覧ください。電子機器から放射された電磁波が別の電子機器に影響を与える現象をEMIと呼びます。また、電子機器が電磁波によって影響を受ける現象をEMS(Electromagnetic Susceptibility:電磁感受性)と呼びます。例えば、一昔前にラジオやテレビの近くでドライヤーや掃除機を使用すると、ラジオからザーッというノイズが聞こえたり、テレビ画面が乱れることがありました。このような受信障害は電磁妨害によるものです。EMIとEMSの両方の対策がなされ、電磁波の発生を抑制し、外部からの電磁波を受け、誤動作しない耐性をEMC(Electromagnetic Compatibility:電磁両立性)と呼びます。
図1 EMC、EMI、及びEMS
EMIにはケーブルを経由して他の電子機器に影響を与えるような伝導によるノイズとケーブルや基板パターンに電流が流れることでそれ自体がアンテナとなり、電磁波を放出するような放射によるノイズの2種類があります。図2に伝導ノイズと放射ノイズの例を示します。伝導によるノイズはオーディオ機器Ⓐのライン出力端子とオーディオ機器Ⓑのライン入力端子にRCAケーブルが接続されており、そのケーブル経由でオーディオ機器Ⓐのノイズがオーディオ機器Ⓑに伝導されます。一方、放射によるノイズはスピーカーケーブルに電流が流れることで磁界が発生し、電磁波が気中に放射されます。
図2 伝導・放射によるノイズ
クラスDアンプによる主なノイズ
クラスDアンプを使用した際に発生する主なノイズを以下に列挙します。
① PWMのスイッチングによるノイズ
PWM(Pulse Width Modulation:パルス幅変調)によるスイッチング動作がアプリケーションによってはノイズの問題を引き起こす場合があります。クラスDアンプのスイッチング周波数はオーディオアンプICに依存しますが、数百kHz~数MHzです。国内のAMラジオで使用される周波数帯域は526.5kHz~1606.5kHzになります。仮にスイッチング周波数がAMラジオの帯域から外れた300kHzだったとしても、この300kHzの高次高調波がAMラジオ帯に干渉信号として現れます。図4の電磁界強度につきましてはイメージとしてお取り扱いください。
図3 PWMによるスイッチングノイズ
図4 クラスDアンプの電磁界強度
② スイッチングノードにおける高周波のリンギング
出力端子であるスイッチングノードにおいて高周波のリンギングが発生します。NMOSFETや基板パターンの寄生容量、基板パターンの寄生インダクタンスなどによりNMOSFETがオン、オフするタイミングで、電圧と電流の過渡的な変化によりLC共振を引き起こします。これが高周波リンギングの原因です。共振周波数はLとCの寄生成分に依存し、一般的に数十MHz~数百MHzになります。図5は模式的に描いたもので、寄生容量、寄生インダクタンス、ブートストラップ回路などを省略しています。
図5 スイッチングノードにおける高周波のリンギング
③ エイリアシングノイズ
オーディオアンプICに電源を供給する場合、効率を考慮し、電源ICとしてスイッチングレギュレーターを使用します。その際にスイッチングレギュレーターのスイッチング周波数がオーディオ信号に干渉を引き起こす可能性があります。イメージしやいように電源ICとオーディオアンプICの接続構成図を図6に示します。電源ICは降圧型のスイッチングレギュレーターを想定しています。
図6 電源ICとオーディオアンプICの接続構成図
図6をさらにブレークダウンしたモノラルスピーカーの接続構成図が図7になり、スイッチングレギュレーターの出力はクラスDアンプに内蔵されている出力段High Side NMOSFETのDrainに接続されます。このDrainのノードがクラスDアンプの電源電圧VDDになります。そのため、クラスDアンプの出力はVDDレベル、あるいはGNDレベルの電圧パルス信号になり、パルス幅変調が適用されます。
図7 スイッチングレギュレーターの出力とクラスDアンプの出力段High Side NMOSFETとの接続
スイッチングレギュレーターのスイッチング周波数fswを310kHz、クラスDアンプのスイッチング周波数fpwmを300kHzと仮定します。このfpwmはクラスDアンプの内部で生成される三角波の周波数であり、入力されたオーディオ信号と三角波を比較し、オーディオ信号をパルス波として出力します。つまり、fpwmで周期的にサンプリングし、オーディオ信号をパルス幅に変調します。電源電圧VDDにはスイッチングレギュレーターのリップル電圧が現れますが、このリップル電圧にはfswの周波数成分が含まれており、同様にfpwmでサンプリングされます。結果としてナイキスト周波数fpwm/2を超える周波数成分はエイリアシングノイズとして出力に現れます。この例ではエイリアシングノイズが10kHzになるため、オーディオ帯域内に折り返してしまいます。一般的にスイッチングレギュレーターのリップル電圧は小さく、オーディオ信号を再生している場合にはエイリアシングノイズはオーディオ信号に埋もれてしまいます。一方、オーディオ信号が入力されていない場合やクラスDアンプをミュート(PWMのDuty 50%でスイッチング動作)している場合には可聴ノイズとして出力される可能性があります。
図8 エイリアシングノイズ
④ クロストーク
基板のパターン設計によって意図しないノイズが問題になることがあります。例えば、基板パターン上で隣接する配線間の寄生容量による容量性結合や寄生インダクタンスによる相互インダクタンスの誘導性結合によりクロストークが発生します。特に高電圧、高電流で変化する信号ラインには注意が必要です。スイッチング周波数はオーディオアンプICに依存しますが、数百kHz~数MHzになります。図9に配線間の寄生容量によるクロストークの例を示します。PWM信号の電圧変化が容量性結合により隣接するアナログ信号に影響を与えます。同様に図10に配線の寄生インダクタンスによるクロストークの例を示します。PWM信号のラインに流れる電流の変化が誘導性結合により隣接するアナログ信号に影響を与えます。隣接する配線のクロストークを例に取り上げましたが、基板の異なる層の配線間においても同様のノイズが問題になることがあるため、平面ではなく、立体的に捉える必要があります。
図9 容量性結合によるクロストーク
図10 誘導性結合によるクロストーク
ノイズ対策
クラスDアンプを使用した際に発生するノイズに対する対策を以下に列挙します。
① PWMのスイッチングによるノイズ
レジスターやハードウェアピンの設定によりスイッチング周波数を変更することができるオーディオアンプICがあります。そのため、用途に応じてスイッチング周波数を選ぶことが可能です。また、スペクトラム拡散変調方式を採用しているオーディオアンプICもあります。スイッチング周波数をある周波数範囲(スイッチング周波数の5%や10%など)においてランダムに変動させることによりスイッチングによるノイズのエネルギーを拡散させ、エネルギーのピーク値を低減することができます。
フィルタレスのオーディオアンプICであっても基板のパターン長やケーブル長などを含む使用条件によってEMI性能が満たせなくなる場合があります。対策としてはオーディオアンプICの出力にLCフィルタやフェライトビーズを追加することです。
② スイッチングノードにおける高周波のリンギング
電流が流れるループを最小にする必要がありますが、オーディオアンプICのパッケージサイズ、実装部品の形状、基板パターンの制約などで対応が難しい場合があります。そのため、各メーカーが用意している評価ボードを用いて事前に評価を行い、基本的な電気的特性、オーディオ特性、EMI性能に問題がなければ、評価ボードと同様の基板パターンにすることを推奨します。オーディオアンプIC以外の部品については同一の製品を手配することが難しい場合もあるため、類似した特性の製品を選定します。
回路的な工夫としてはスイッチングノードの端子直近にRCのスナバ回路を追加することで、高周波リンギングのエネルギーを消費させます。RCの推奨値に関しましてはオーディオアンプICのメーカーにお問い合わせください。
③ エイリアシングノイズ
スイッチングレギュレーターのスイッチング周波数とクラスDアンプのスイッチング周波数に依存するため、エイリアシングノイズが可聴域に入らないようにそれぞれのICを選定してください。スイッチングレギュレーターにはPWMとPFM(Pulse Frequency Modulation:パルス周波数変調)の制御方式があります。PWMは出力負荷に依存することなく、スイッチング周波数が一定になりますが、PFMは出力負荷に応じてスイッチング周波数が変動する制御方式のため、エイリアシングノイズの対策がより困難になります。また、軽負荷時においてスイッチング周波数自体が可聴域に入るような製品が存在するため、電源ICの選定には注意が必要です。
④ クロストーク
基板パターン上で高電圧、高電流が変化する信号ラインには注意が必要です。隣接する配線のクロストークを低減するために①隣接する並行配線を避け、直交配線にする、②並行配線が避けられない場合は配線間隔を確保し、並行配線の長さを短くする、③並行配線が矩形波の場合、波形をなまらせ、立ち上がりと立下り時間を遅くするなどが挙げられます。並行配線だけでなく、層間のクロストークにもケアをしなくてはなりません。データシートや評価ボードのユーザーズガイドに記載されている基板パターンに準拠した基板設計を推奨します。
まとめ
一般的なEMIの話からクラスDアンプを使用した際に発生する主なノイズとその対策についてご紹介させていただきましたが、いかがでしたでしょうか?ノイズが確実に低減できることを保証するものではありませんが、課題解決の糸口になれば、幸いです。