- 公開日:2018年06月07日
- | 更新日:2023年02月22日
A/Dコンバーターの入力アンプの選定方法と入力フィルターの設計方法について
- ライター:FI43101
- データコンバーター
はじめに
通常、A/Dコンバーターの前段には、バッファーアンプとしてオペアンプとフィルターが設置されます。この記事では、どのような特性のオペアンプを選定し、CR定数のフィルターを構成すればよいかについて解説します。
さらに、A/Dコンバーターを高精度の処理をする時に適したバッファーアンプについて、ゼロ・クロスオーバ・オペアンプとe-Trim・オペアンプを紹介します。
バッファーアンプについて
一般的にバッファーアンプは、インピーダンスの変換、後段のデバイスの保護等に、比較的低いゲインで用いられます。これは、オペアンプの入力インピーダンスが、非常に高く、出力インピーダンスが非常に低いことを利用したものです。
したがって、センサーのようなインピーダンスが高い信号源の信号を受け取り、誤差を少なく出力することができます。
さらにA/Dコンバーターのバッファーアンプには、次のような機能が求められます。
A/Dコンバーターのバッファーアンプに求められる機能について
バッファーアンプに求められる機能としては、以下の通りです。
帯域幅調整 | A/Dコンバーターの高域信号の折返しの誤差を少なくするために合わせる。 |
スケーリング | 変換する。 |
コモンモード電圧変換 | 入力信号のコモンモード電圧をA/Dコンバーターのコモンモード電圧にする。 |
フィルタリング | 入力信号から不要な信号成分を除去し、必要となる帯域幅にする。 |
帯域幅調整
コンバーターのサンプリング周波数に対応する必要があります。要求する精度にもよりますが、最低でもサンプリング周波数の1/2は必要になります。
サンプリング定理の観点から言えば、1MSPSのA/D コンバーターで処理できるアナログ信号の最大周波数は500kHzになります。ゲインが1とすると、オペアンプの帯域は、最低でも500kHzが必要になります。
スケーリング
A/Dコンバーターのダイナミックレンジを最大化させるために入力電圧範囲に対応している必要があります。例えば、アナログ入力電圧範囲が0~5VのA/Dコンバーターを使用する場合、0~5V出力できるオペアンプを使用しなければなりません。
様々なまた、A/Dコンバーターの入力定格を超えないように電圧制限をかける必要があります。
つまり、A/Dコンバーターの入力が0~5Vの場合、オペアンプは電源電圧5Vで0~5V出力対応できるものが必要となり、それは5V単電源で入出力に対応したオペアンプになります。
最近のA/Dコンバーターは5V以下で駆動させるものがほとんどですが、A/Dコンバーターのアナログ電源電圧に合わせてオペアンプも単電源で使用いただく例が多いようです。
フィルターの仕様について
A/Dコンバーターの前段に使用するフィルターは、とチャージインジェクションに対応させる必要があります。
A/Dコンバーターは、サンプリング周波数の1/2までの信号を出力しますが、サンプリング周波数の1/2以上の信号については、DC~サンプリング周波数の1/2までの間に折り返して出力されます。
このことによりノイズレベルが上がり、高域のノイズが現れてしまいますので、アンチエイリアシングフィルターによりサンプリング周波数の1/2以上の信号を抑圧します。
通常は図2に示すように1段のCRフィルターを使用することが多いです。
図1 A/Dコンバーターの折返し雑音とアンチエイリアシングフィルターの効果
図2. オペアンプとA/Dコンバーターの間にアンチエイリアシングフィルターを実装した例
(出典:Texas Instruments Inc. OPA365 Datasheet)
また、A/Dコンバーターのサンプリング時にサンプリングコンデンサー(Cs)を充電しますが、そのときに充電電流によりオペアンプ出力の低下が発生します。これをチャージインジェクションと称します。
図3 チャージインジェクションが発生する原理
チャージインジェクションによるアナログ信号の変動がサンプリング開始までに収まらないと変換したデジタル値に誤差が生じます。
図4 チャージインジェクションによる変換誤差
変換誤差をなくすには、サンプリングコンデンサーの容量よりも十分大きいコンデンサーを設置して電圧の変動を抑え、さらにオペアンプが発振しないように直列抵抗を追加してアイソレーションを取る必要があります。1次のCRフィルターになります。
CとRの値については経験上、数十Ω~1kΩ、数十pF~1000pFの値を取ることが多いです。
具体的な値については、各A/Dコンバーターのデータシートの記載を参照ください。
理想オペアンプの動作
ここで一度基本に立ち返り、理想オペアンプの特性について考えてみます。
理想のオペアンプは、電圧ゲインが無限大、入力インピーダンスが無限大、出力インピーダンスがゼロ、周波数特性が無限大で、どのような使い方をしても歪みを生じたり、発振することはなく理想的に動作します。
オペアンプのクロスオーバー歪みに注意
A/Dコンバーターのバッファーは、入出力レールtoレールのオペアンプを使用し、CRフィルターの定数を適切に設定すれば問題はありませんが、高精度の測定を行う場合、注意点いただく点があります。
それは、入力コモンモード電圧によるオフセット電圧の歪みです。
入出力レールtoレールオペアンプは、入力するコモンモード電圧によりオフセット電圧を生じます。
従来のレールtoレールCMOSアンプ・アーキテクチャーには、に⽰されるようにPMOS(⻘)とNMOS(⾚)という2つの異なる⼀対のトランジスタが含まれます。PMOSトランジスタのペアはVSS~VDD-1.8Vの入力電圧に対応し、NMOSトランジスタは、VDD-1.8V~VDDに対応します。
しかし、トランジスタのペアは独立しており、入力オフセット電圧、温度係数及びノイズについて相関が取れていません。
このため⼀⽅のトランジスタから他⽅のトランジスタに引き継がれる時、2つの異なる⼊⼒ペアに固有の⼊⼒オフセット電圧が原因で、クロスオーバー歪みと呼ばれる⾮直線性の歪みが⽣じます。
図6 入出力レールtoレールオペアンプの入力段
(出典:Texas Instruments Inc. SBOA181 TI TechNote)
PMOSペアからNMOSペアへの移行中、およびその逆の間に、両方の入力が導通している正レールより約1.8V下の交差領域があります。この領域でDCオフセット電圧が変動しますが、この現象をクロスオーバー歪みといいます。
コモンモード電圧によるクロスオーバー歪みについて、一例を示します。
図7は、従来のCMOSのレールtoレールオペアンプをバッファーアンプ構成にして、入力コモンモード電圧対オフセット電圧をシミュレーションした結果を示したものです。
図7 入出力レールtoレールオペアンプの入力コモンモード電圧に対するオフセット電圧の比較
(出典:Texas Instruments Inc. SBOA181 TI TechNote)
このグラフは、コモンモード電圧はクロスオーバー領域内で入力オフセット電圧が急激に変化することを示しています。
つまり、コモンモード電圧が、1.5V(+の電源電圧-1V)付近でクロスオーバー歪みによりオフセット電圧が1mV以上変動しています。
この変動が元々のアナログ信号に加算されてA/Dコンバータに入力されるため、デジタル出力の誤差が増えてしまいますので、高精度の検出を行う場合には問題となります。
例えば、最大アナログ入力5Vで16ビットのA/DコンバータのLSBは、76.3μVですから、1mVは13LSBの誤差が生じているということになります。
13LSBは、下から4ビットに誤差が含まれることを意味し、高精度の計測を行う場合、大きな誤差になります。
クロスオーバー歪みの解決方法
※クロスオーバー歪みを解決するためには、二つの方法があります。
一つは、電源電圧を広くしてクロスオーバー歪が発生する電圧が使用電圧範囲以上になるようにします。この場合は別電源が必要になり、A/Dコンバーターの入力電圧範囲を超えないような対策が必要になります。
もう一つはクロスオーバー歪みの少ないオペアンプを使用いただくことです。TIではクロスオーバー歪みの少ないオペアンプとしてゼロ・クロスオーバー・オペアンプ、e-Trim・オペアンプとレーザートリムオペアンプがあります。
ここでは新しい技術のゼロ・クロスオーバー・オペアンプとe-Trim・オペアンプを紹介します。
ゼロ・クロスオーバー・オペアンプ
ゼロ・クロスオーバー・オペアンプを使⽤することでコモンモード⼊⼒電圧によるオフセットの変動を範囲全般に対応させることができます。このクロスオーバー・トポロジーは、図8に⽰されるように内部のチャージポンプ電源を使⽤して正電源電圧を上昇させ、コモンモード⼊⼒電圧を単⼀の⼊⼒トランジスタ・ペア(PMOSおよびNMOS)で直線性動作を実現します。
その結果、クロスオーバー領域のない真のレールtoレール⼊⼒動作が可能となり、クロスオーバー歪みを解消します。
このオペアンプを使用すると、従来のレールtoレールCMOSデバイスのようにコモンモード領域(正側レール下で1Vから2V)内で誤差が発⽣することはありません。
図8 ゼロ・クロスオーバー・オペアンプの内部回路
(出典:Texas Instruments Inc. SBOA181 TI TechNote)
一例としてOPA388のコモンモード電圧対入力オフセット電圧のグラフを示します。
図9 OPA388のコモンモード電圧対入力オフセット電圧特性
(出典:Texas Instruments Inc. SBOA181 TI TechNote)
OPA388のコモンモード電圧対入力オフセット電圧の特性は、赤の線で表されていますが、単一のトランジスタで構成されており、クロスオーバー歪みは存在しません。
以下にゼロ・クロスオーバー・オペアンプの一覧を示します。
図10 ゼロ・クロスオーバー・オペアンプの一覧 (※2018年6月現在)
e-Trim・オペアンプ
e-Trim・オペアンプを使⽤してもコモンモード⼊⼒電圧範囲全般に対応させることができます。このe-Trim・オペアンプは、11で⽰されるようにオフセット調整用の回路がデバイス内部に設けられており、パッケージング後に工場でNchとPchの両方でオフセット電圧の調整をすることで、Nch-Pchのトランジション電圧を最小にしています。
従来は、レーザートリムを使用していましたが、この方法の場合調整に時間がかかる、パッケージ後にオフセット電圧がシフトする等の問題がありました。
図11 e-Trim・オペアンプの概略の回路構成
(出典:Texas Instruments Inc. OPA191 Datasheet)
一例としてe-TrimオペアンプのOPA191と従来のオペアンプのコモンモード電圧対入力オフセット電圧のグラフを示します。
図12 OPA191のコモンモード電圧対入力オフセット電圧特性
(出典:Texas Instruments Inc. OPA191 Datasheet)
OPA191は、NMOSとPMOSトランジスタの両方に精密なトリム(e-Trim)を施しています。
コモンモード電圧対オフセット電圧の変動は、この効果によりTransition Regionで示されるPchとNchの切り替わりによって生じるクロスオーバー歪みが最大で100μV以下となっており、非常に小さく抑えられていることがわかります。
右に示す従来のレールtoレールオペアンプの場合、 何の対策も施されていないため、Transition Regionで大きなクロスオーバーが見られます。
以下にe-Trim・オペアンプの一覧を示します。
図13 e-Trim・オペアンプの一覧 (※2018年6月現在)
まとめ
今回はA/Dコンバーターの前段に設置するバッファアンプについて解説しました。A/Dコンバーターのバッファーアンプは、帯域幅調整、スケーリング、コモンモード電圧変換およびフィルタリングを満足する必要があります。
A/Dコンバーターとバッファーアンプの間にCRフィルターを設置して、アンチエイリアシングとチャージインジェクションの対策をします。
単電源オペアンプを使用する場合、入出力レールtoレールのオペアンプが必要になりますが、コモンモード電圧によりクロスオーバー歪が発生しますので、高精度の変換が必要な場合は、ゼロ・クロスオーバー・オペアンプかe-Trimオペアンプを検討いただければと思います。