- 公開日:2025年09月26日
- | 更新日:2025年10月01日
車載制御マイコン
- ライター:Y.Hisamura
- マイコン
車載制御用マイコン
1. はじめに
自動車の電子制御は、電動化・自動運転・コネクテッド化の進展により複雑化しています。これに伴い、車載制御用マイコンには高性能・高信頼性・低消費電力・セキュリティ対応など多様な要求が求められています。
本資料では、ルネサスの代表的な車載マイコン「RH850」「RL78」等を中心に、車載制御用マイコンの役割と進化について説明します。
2. 車載制御ECUの種類
車載ECUは、車両の各機能を制御するために配置されており、主に以下のような種類のECUがあります。
・パワートレイン制御ECU:エンジン、トランスミッション、電動モータなどの制御
・シャシー制御ECU:ステアリング、ブレーキ、サスペンションなどの制御
・ボディ制御ECU:照明、ドア、ウィンドウ、空調などの制御
・インフォテイメントECU:ナビゲーション、オーディオ、ディスプレイなど
・ADAS/自動運転ECU:カメラ、レーダー、LiDARなどのセンサーデータ処理と制御
これらのECUは、車両のゾーン制御やドメイン制御へと統合されつつあり、マイコンにはより高い処理能力と柔軟性が求められています。
3. 車載制御マイコンとは
車載制御マイコンは、ECUの中核としてセンサー処理、アクチュエータ制御、通信管理を担います。以下に主な仕様を示します。
項目 | RH850 | RL78 | R-Car/U5L |
CPU | 最大400MHz(最大6+4コア) | 最大64MHz(1コア) | 最大320MHz(最大3コア) |
メモリ | 最大26MB Flash | 最大512KB Flash | 最大8MB Flash |
安全性 | ASIL-D対応 | ASIL-B対応 | ASIL-B対応 |
セキュリティ | EVITA-Full, ISO21434 | 一部対応 | EVITA-Full, ISO21434 |
通信IF | CAN/CAN-FD/CAN-XL, Ethernet | CAN, LIN | CAN-XL, Ethernet T1S, I3C |
3.1. RH850シリーズ(32ビット車載用マイコン)
RH850は、ルネサスの主力車載マイコンで、パワートレイン、安全制御、ゾーンECUなどに広く採用されています。
主な仕様:
- CPUコア:32ビット、最大400MHz動作(U2Aシリーズなど)
- プロセス技術:40nm / 28nm(低消費電力と高集積を両立)
- メモリ:
- フラッシュメモリ:最大16MB
- RAM:最大8MB
- 機能安全:ISO 26262 ASIL-D対応(ロックステップコア搭載)
- セキュリティ:HSM(Hardware Security Module)、SHE(Secure Hardware Extension)対応
- 通信機能:CAN-FD、LIN、FlexRay、Ethernet(TSN対応)
- 周辺機能:ADC、PWM、タイマ、DMA、RDC(レゾルバーデジタルコンバータ)
用途例:エンジン制御、ブレーキ制御、EVモータ制御、ゾーン制御
3.2. RL78シリーズ(8/16ビット低消費電力マイコン)
RL78は、ボディ制御や小型ECU向けに最適な低消費電力マイコンです。
主な仕様:
- CPUコア:RL78コア(最大32MHz動作)
- プロセス技術:130nm CMOS
- メモリ:
- フラッシュメモリ:最大512KB
- RAM:最大48KB
- 消費電力:
- 動作時:66μA/MHz(Typ)
- スタンバイ時:0.57μA(Typ)
- 通信機能:LIN、UART、I2C、SPI
- 周辺機能:ADC、コンパレータ、タイマ、LCDコントローラ(モデルによる)
用途例:ドア制御、照明制御、HVAC、ウィンドウ制御などのボディ系ECU
3.3. R-Car/U5L(SoC型マイコン:インフォテインメント・ADAS向け)
R-Car/U5Lは、車載Linux環境での高性能処理を可能にするSoC型マイコンです。
主な仕様:
- CPUコア:Arm Cortex-M33, Cortex-M55(最大320MHz、3コア)
- プロセス技術:U5L6/8 22nm MRAM Technology, U5L1/2/4 based on latest 28nm Flash Technology.
- メモリ:
- Code NVM/Data NVM:1MB/64KB~8MB/1.5MB
- Total RAM:160KB~1.5MB
- セキュリティ:ISO21434 EVITA-Full+China crypto by HSM
- 通信機能:CAN-XL, Ethernet 10BASE-T1S, I3C, I2S
- 機能安全:ISO26262 ASIL-B
用途例:ゾーン制御、シャシー制御、モータ制御
4. 車載制御マイコンに求められる信頼性・品質
民生・産業向けと比較して、車載向けマイコンには以下のような厳しい要求があります:
– 長期供給保証(10年以上)
– 高温・振動環境対応(最大150℃、AEC-Q100準拠)
– 機能安全対応(ISO 26262 ASIL-D)
– セキュリティ対応(ISO21434、EVITA-Full)
5. これからの車載制御マイコンに求められる機能
① ドメイン/ゾーン制御対応
EE(Electrical/Electronic)アーキテクチャは、従来の分散型ECU構成から、ドメイン統合やゾーン型、さらには集中型アーキテクチャへと進化しています。この変化に対応するため、車載制御マイコンには従来以上の高性能化と柔軟性が求められます。まず、複数の制御機能を統合するために、マルチコア構成や高い演算性能が必須です。さらに、ISO 26262に準拠した機能安全対応として、ASIL-Dレベルの安全機能、ハードウェア冗長化、メモリ保護機構を備える必要があります。また、OTA(Over-The-Air)アップデートやセキュアブート、暗号化通信など、サイバーセキュリティ対策の強化も不可欠です。通信面では、車載EthernetやCAN FDなどの高速・高信頼インターフェースをサポートし、ゾーンECUや集中型ECUとの連携を可能にすることが重要です。さらに、電動化やADASの進展に伴い、リアルタイム性と高信頼性を両立するスケジューリングや仮想化技術のサポートも求められます。これらの機能を備えることで、次世代EEアーキテクチャに対応した柔軟かつ安全な車載制御システムの実現が可能となります。
② OTA(Over-The-Air)対応
OTA(Over-The-Air)対応は、次世代車載制御マイコンにおいて不可欠な機能です。車両のソフトウェア更新や機能追加を遠隔で実施することで、ディーラー入庫を減らし、迅速な不具合修正やセキュリティ強化を可能にします。そのため、マイコンにはまずセキュアな通信機能が求められます。暗号化プロトコル、ハードウェアベースの暗号エンジン、セキュアブートにより、改ざんや不正アクセスを防止します。次に、信頼性の高い更新機構が重要です。更新中の電源断や通信エラーに備え、デュアルバンク構成等を備え、常に安全な状態を維持できる仕組みが必要です。また、OTAはECU単体ではなく、ゾーンECUや集中型アーキテクチャと連携するため、車載EthernetやCAN FDなどの高速通信インターフェースをサポートし、効率的なデータ配信を実現することが求められます。さらに、更新対象のソフトウェアが増加する中で、差分更新や圧縮技術に対応し、通信負荷を低減することも重要です。OTA対応は単なる更新機能ではなく、サイバーセキュリティ、機能安全、通信性能を総合的に満たす高度な設計が必要となります。
③ AI・画像処理対応
AIや画像処理への対応は、次世代車載制御マイコンにおいて重要な要件となっています。自動運転や高度運転支援システム(ADAS)の進展により、カメラやセンサーから取得した膨大なデータをリアルタイムで処理する能力が求められます。そのため、マイコンには高性能CPUに加え、AI推論を効率的に実行するためのニューラルネットワークアクセラレータ(NPU)や、画像処理専用のハードウェアエンジンが必要です。これにより、物体認識、車線検出、ドライバーモニタリングなどの処理を低遅延かつ低消費電力で実現できます。また、AIモデルの更新や最適化をOTAで行うため、柔軟なソフトウェア構造とセキュリティ機能も不可欠です。さらに、複数カメラやLiDARとの連携を考慮し、大容量メモリと高速データ転送をサポートするインターフェース(PCIe、GMSL、Ethernet)を備えることが求められます。加えて、ISO 26262に準拠した機能安全や、AI推論結果の信頼性を担保するための診断・冗長化機能も重要です。これらの機能を統合することで、車載マイコンは次世代の知能化・自律化に対応し、安全かつ高性能な制御を実現します。
④ セキュリティ強化
車載制御マイコンにおけるセキュリティ強化は、コネクテッドカーやOTA更新の普及に伴い、最重要課題の一つとなっています。外部ネットワークとの接続が増えることで、サイバー攻撃や不正アクセスのリスクが高まるため、マイコンには多層的なセキュリティ機能が求められます。まず、セキュアブートにより起動時のソフトウェア改ざんを防止し、信頼できるコードのみを実行する仕組みが必要です。次に、ハードウェア暗号エンジンを搭載し、通信やデータの暗号化・復号を高速かつ安全に処理します。また、鍵管理機能やTPM(Trusted Platform Module)相当のセキュリティモジュールを備え、秘密鍵や認証情報を安全に保護することが重要です。さらに、侵入検知や不正アクセス検出、ファームウェアの整合性チェックなど、実行時の防御機能も不可欠です。OTA更新や車載ネットワーク通信においては、TLSなどの暗号化プロトコル対応や、認証機構による正当性確認が求められます。加えて、ISO/SAE 21434に準拠したサイバーセキュリティプロセスをサポートし、機能安全(ISO 26262)との両立を図ることも重要です。これらの機能を統合することで、車載マイコンは次世代のセキュアな車両制御を実現します。
6. 参考文献(URL含む)
https://www.renesas.com/jp/products/microcontrollers-microprocessors/rh850-automotive-mcus
https://www.renesas.com/jp/products/automotive-products/rl78-automotive-mcus
https://www.semiconportal.com/archive/editorial/technology/chips/231114-renesas.html
- ISO/SAE 21434: Road vehicles — Cybersecurity engineering
- 国連規制 UN-R155 サイバーセキュリティ法規
- ルネサス「ISO/SAE 21434準拠に向けた取り組み」
- リョーサン「車載セキュリティの要!HSMとは?」
- 名古屋大学「自動車のサイバーセキュリティ強化技術」
- Infineon「AURIX™ TC4x 車載マイコンの新たな基準」
- ISO 26262: Road vehicles – Functional safety
- Renesas Electronics, NXP, Infineon 各社の車載マイコン製品資料
- SAE International: “AI in Automotive Systems”
- ISO 26262: Road vehicles – Functional safety
- Renesas Electronics: R-Carシリーズ製品資料
- NXP Semiconductors: S32GおよびBlueBoxプラットフォーム資料
- Infineon Technologies: AURIX™ TC4x製品概要
- ルネサスエレクトロニクス「車載マイコンのOTAデモンストレーション」
- 自動運転ラボ「Over The Air(OTA)技術とは?」
- Vector「OTAアップデートアプローチの比較」
- リョーサン「車載サイバーセキュリティISO/SAE 21434」
- Hermes Solution「ISO 21434: Connected Car OTA Security」
- NXP: 「加速する自動車革命: SDV時代向けE/Eアーキテクチャ」
- Bosch: 「複雑化する自動車の機能を司るE/Eアーキテクチャとは」
- Renesas: 「次世代のE/Eアーキテクチャにおいて重要な役割を果たすRL78/F25」
- Renesas:「Renesas R-Car U5Lx Series Golden presentation」