- 公開日:2019年02月28日
- | 更新日:2022年11月30日
その計算方法で大丈夫?リニアレギュレータの熱計算の方法
- ライター:forest
- 電源
はじめに
近年、高温・多湿という電子部品にとって劣悪な使用環境に置かれるケースや、放熱をすることが難しい薄型筐体や狭小基板への実装されるケースが一般的となっており、ますます半導体が搭載される環境は悪化する傾向にあります。
ICチップの発熱についてきちんと理解することは、製品の安全性を確保することやICチップの本来の性能を引き出すことに大きく影響を及ぼします。本記事ではリニアレギュレータを例に正しい熱計算の方法について学んでいきたいと思います。
ジャンクション温度とは
半導体のデータシートを見ると、Absolute Maximum Ratings(絶対最大定格)と呼ばれる項目にTJ(Junction temperature)と呼ばれる項目があります。これがジャンクション温度であり、樹脂パッケージの中に搭載されているダイの表面温度が絶対に超えてはならない温度というものになります。絶対最大定格以上にジャンクション温度が達してしまうと、発熱によるクラックの発生や、正常に動作をしなくなるなど故障の原因につながります。
図1 ジャンクション温度の規定(出典:Texas Instruments Inc. TPS709 Datasheet)
しかし、ダイは合成樹脂に覆われているため直接測定することはできません。この測定できないダイ温度をどのように測るのでしょうか?
発熱量の計算の仕方
半導体の周囲は上述の通り、合成樹脂によって覆われているため、直接ダイの温度を測定することは出来ません。しかし、計算式を用いることで半導体の消費電力量から発熱する熱量を求めて算出することが出来ます。
今回は、電位を降下させた分の電力を熱という形で消費させるリニアレギュレータを例にとって考えることにします。
まず、一般的な計算式ですが、電力量は次の(1)式のように電圧と電流の積で求めることができます。
その点を踏まえると、リニアレギュレータ自身が消費する電力量は入出力の電位差と半導体に流れる電流量の積で求めることができます。((2)式)
上記で求めた値をθJA(θ=シータ)や、ΨJC(Ψ=プサイ)を用いてジャンクション温度を求めることが可能になります。
従来のジャンクション温度の計算方法
発熱量の求め方がわかったら、次に必要となるのは熱抵抗です。この熱抵抗というものは温度の伝えにくさを表す値です。
図2 半導体の熱抵抗の概念図
この発熱量に対する抵抗値θJAを次の式に用いることで、周辺の温度からダイの表面温度を算出することができます。
今回は以下の条件下でのジャンクション温度を計算したいと思います。
- 環境温度(TA):30℃
- デバイス:TPS709
- パッケージ:SOT-23
- 入力電圧:6V
- 出力電圧:3.3V
- 出力電流:150mA
図3 θJAの規定(出典:Texas Instruments Inc. TPS709 Datasheet)
まずは先ほどの(2)式を使ってリニアレギュレータ自身が消費する電力量を計算します。
この結果を(3)式に当てはめると
となり、TPS709の絶対最大定格である150℃に対して、余裕のある値ということが分かります。
θJAの落とし穴
そもそもθJAは実際にはどのような基板を想定した値なのでしょうか?
θJAを求める際に使用される計測基板は、JEDEC規格で規定されています。その基板は図4のような、3インチ角の4層基板にデバイス単体のみ搭載されるものです。
図4 θJA測定用の計測基板例(出典:Texas Instruments Inc. 新しい熱評価基準の解説)
実際の使用環境と比較すると、とても大きな放熱のスペースが有ります。また、本来であれば周囲に搭載されているはずの他の熱源からの影響も受けないなど、通常の実装条件とはかけ離れた環境下での測定となっています。
つまり、この結果を基に熱計算をしてしまうと、実際のジャンクション温度の計算値と大きく外れてしまう可能性があります。結果として、デバイスの寿命や性能に悪影響を及ぼしかねません。
新しい測定方法
上述の通り、θJA値は測定用に規格化された特定基板での値なので、他のデバイスとの放熱能力の比較要素にはなったとしても、真のデバイスのジャンクション温度と計算結果とはかけ離れている可能性が高いです。
そこで、実基板上でIC直近の指定部位の温度を計測することで、より実際の値に近いジャンクション温度を予測できるようにしたパラメータがΨです。
図5 ΨJTとΨJBの規定(出典:Texas Instruments Inc. TPS709 Datasheet)
Ψは実基板に搭載したときの樹脂パッケージ上部の表面温度(TT)、および基板に搭載した測定対象から1mm離れた基板の温度(TB)の発熱量のパラメータで、それぞれをΨJT、ΨJBと呼びます。θと同様に[℃/W]という単位になりますが、熱抵抗では無く、熱特性パラメータと呼ばれます。
図6 TT,TB計測ポイント(出典:Texas Instruments Inc. 新しい熱評価基準の解説)
今回は以下の条件で(6)式に代入して求めます。
- 樹脂パッケージ上部の表面温度(TT):120℃
- デバイス:TPS709
- パッケージ:SOT-23
- 入力電圧:6V
- 出力電圧:3.3V
- 出力電流:150mA
Pdは(4)式の結果と同じですので、それを用いて計算すると、
となりました。結果としては絶対最大定格内に収まっていました。
なぜΨを使用することが推奨されるのか
上述の通り、リニアレギュレータの熱抵抗θと熱特性パラメータΨとの基準となる温度の測定ポイントの違いについて説明しましたが、改めてなぜΨを用いることが推奨されているのかについて解説します。熱特性パラメータΨは図7の右のグラフにある通り、銅箔の面積に関わらず樹脂パッケージ上面や基板における放熱のパラメータはほぼ一定です。一方、熱抵抗θ(図7の左のグラフ)銅箔の面積に大きく影響を受けています。つまり、熱抵抗θよりも、熱特性パラメータΨを用いるほうが搭載される基板への伝導熱に左右されずにより正しい値を求めることができると言えます。
図7 θJAとΨJT,ΨJBの特性グラフ(出典:Texas Instruments Inc. TPS7A7300 Datasheet)
まとめ
今回はリニアレギュレータの熱計算の方法について紹介しました。
従来のθJA用いた計算方法では、実際のジャンクション温度に対し、大きく誤差を持った計算結果となってしまっていた可能性があります。今後、熱計算をされる際にはこの点を踏まえて検討するとよいのではないでしょうか。
ただし、θJAが参考にならない値ということではありません。本記事内でも記載している通り、このパラメータはJEDEC規格に則ったものですので、異なるメーカー間のデバイスの放熱能力の比較に使用することができます。
これらのパラメータを上手に使い分けることで、適切なデバイスの選定を行うことができます。より安全にデバイスの性能を引き出せるようにお役立てください。