- 公開日:2018年03月19日
- | 更新日:2023年02月02日
ステッピングモーターの制御で重要な“Decay(電流減衰)”って知っていますか?~第一部:Decayとは~
- ライター:Kevin
- モータードライバー
はじめに
今回の技術記事では、ステッピングモーターを制御するために重要な「Decay(電流減衰)」について、2部構成で説明していきます。
第一部ではDecay(電流減衰)について説明し、第二部ではTexas Instruments社(以降、TI社)が開発したAutoTuneというDecay技術を紹介します。
本記事を通してDecayの重要性と、AutoTuneというDecay技術の素晴らしさをお伝えしていきます。みなさんもTI社のAutoTune搭載モータードライバーICを使ってステッピングモーターを動かしてみませんか?
Decay(電流減衰)とは?
Decay(電流減衰)とは、モーターコイルへの電力供給を止めてコイルに供給されるエネルギーを減らす方法(またはその行為)を指しています。ステッピングモーターを回すにはこの”Decay”の制御は必要不可欠です。
まず、ステッピングモーターは、図1のようにステップ毎に電流を制御して回転させるモーターです。
図1:バイポーラ型ステッピングモーターで2相励磁した時の電流波形の例
モータードライバーはステップ毎に定電流制御をする必要があります。ここでキモとなるのが、モーターはコイルであるということです。
続いて、コイルの特性について簡単に説明します。
コイルに電圧を印加すると電流が流れますが、図2のように電流は電圧と異なり、傾きを持って上がっていきます。コイルへの電圧印加を止めると、今度は現在流れている電流と同じ方向にコイルは電流を流そうとします。コイルが電池みたいになるイメージです。しかし時間が経つにつれてコイルのエネルギーがなくなっていくので電流が減っていきます。
図2:コイルへの印加電圧波形とコイルの電流波形
ステッピングモーターのモーターコイルも同様に、モーターコイルへの電圧のON/OFFを繰り返して一定の電流が流れるように制御しています。
モータードライバーは図3のような回路(Hブリッジと言います)をもっており、FETのON/OFFによってモーターへの電圧をON/OFFしています。中央にあるコイルは、1相分のモーターコイルを示しています。
図3:Hブリッジ回路
DecayはこのHブリッジの各FETを制御することによって実現しています。
DecayにはSlow DecayとFast Decayという2通りの方法があります。図4は各Decayにおける電流の流れを示したものです。水色の矢印が電流の流れる方向を示しています。
図4:Slow DecayとFast Decayの電流の流れ
中央のコイルにエネルギーを供給している状況からLowサイドFETをONにすることでコイルのエネルギーを減らす方法をSlow Decayといい、HighサイドとLowサイドの全てのFETのON/OFFを入れ替えることでコイルのエネルギーを減らす方法をFast Decayといいます。
Slow Decayの方が、Fast Decayに比べ、電流の減衰されるスピードが遅いです。そのためSlow Decayと言われています。
また、逆にFast Decayの方が電流の減衰されるスピードが速いためにFast Decayと言われています。
Slow DecayとFast Decayの電流波形比較
下記は同じモーターとモータードライバーでDecayのみを変更した際のモーターコイルの電流波形です。
上がSlow Decayで下がFast Decayの電流波形です。Fast Decayに比べSlow Decayの方が、電流リプルは小さくなっているのがわかります。一方で、エネルギーが抜けた分、設定電流値まで電流を上げなければいけないので、Fast Decayの方はチョッピング周波数が遅くなります。
図5:Slow DecayとFast Decayの電流波形
Slow DecayとFast Decayはどっちがいいの?
DecayにはSlowとFastの2つがあることは分かりました。それではどちらを使ったら良いのでしょうか。
基本的にはSlow Decayがおすすめ。ただし・・・
Slow Decayの方が、Fast Decayに比べ電流リプルは小さいため、ノイズが少なくすることができます。また平均電流が上がるため発生トルクを大きくすることができます。したがって、基本的にはSlow Decayでのモーター駆動が望ましいです。
しかし、Slow Decayだけでの制御では、描きたい電流波形にならない場合があります。
一例ですが、図6はDRV8824というTI社製のモータードライバーを使ってDecay設定のみを変えてモーターを駆動させた時の波形です。どちらも同じモーター、同じ条件(24V、600mA、1000pps、1/16ステップ)で、異なるのはDecayモードだけです。
図6:理想的なFast Decayの電流波形
1/16ステップなので本来は正弦波に近い波形になるべきなのですが、Slow Decay側の波形は正弦波とはかけ離れた波形になってしまっています。こういった波形の時はモーターの脱調や乱調が発生し、きれいにモーターが回らない時があります。
この原因はDecay時に十分な電流減衰量がされないうちに、次のチョッピングが行われ、どんどんエネルギーがコイルに溜まってしまっているためです。
このような場合はFast Decayを使ったほうがいいでしょう。Fast Decayを使用した場合は、ちゃんと1/16ステップで実行できていることがわかります。
以下は各Decayの主なメリット・デメリットをまとめたものです。
Slow Decay | Fast Decay | |
---|---|---|
メリット | ・電流リプルがFast Decayに比べて小さい(ノイズが小さい)。 | ・電流減時間がSlow Decayより速い(電流減衰幅が大きい)。 |
デメリット | ・電流減衰幅がFast Decayより小さい(電流減衰幅が小さい)。 | ・電流リプルがSlow Decayに比べて大きい(ノイズが大きい)。 ・Slow Decayに比べてモーターが発熱する。 |
Mixed Decay
DecayにはSlowとFastの2つがある、と書きましたが、実はSlowとFastを組み合わせたMixed Decayというものもあります。
図7がMixed Decayの説明です。減衰し始めをFast Decayで実施し、その後にSlow Decayを実施しています。こうするとSlow Decayのみで減衰させるよりも速く減衰させることができ、またFast Decayのみで減衰させるより電流リプルを抑えることができます。つまり、Slow DecayとFast Decayのいいとこどりをした制御をすることができます。
図7:Mixed Decay
まとめ
Decay(電流減衰)はステッピングモーターを制御する上で大変重要な技術です。ステッピングモーターは定電流制御を行う必要があり、モーター特性、Decay時間、モーター回転速度等のさまざまな要素に応じて、設計者がDecay設定をチューニングする必要があります。次回の記事では、このチューニングが不要なAutoTuneというTI社が開発したDecay技術についてご紹介します。乞うご期待!
ステッピングモーターの制御で重要な“Decay(電流減衰)”って知っていますか?~第ニ部:AutoTune™~