- 公開日:2020年05月11日
- | 更新日:2022年11月21日
フライバック電源を実際に作ってみよう~その3-『自作トランスを評価ボードにのっけてみた』~
- ライター:Polnaref
- 電源
評価ボードを改造しよう
我が家の飼猫を抱き上げると、猫は何故か全力で嫌がります。こんにちは。ひねくれ者です。
さて、前回手巻きしたトランスを動作させるべく、評価ボードを改造します。
改造は非常に簡単です。
図.1 UCC28630EVM-572 回路の一部
出典:Texas Instruments –http://www.tij.co.jp/jp/lit/ug/slvubo9/slvubo9.pdf
R7とR8//R9の抵抗比を調整するだけ。R4の先にはUCC28630のVSENSEピンがありますが、その名の通り電圧を検出しています。VSENSEピンはFETがOFFの期間の巻き線電圧を監視し、抵抗の中点の電圧が7.5Vになるよう、Dutyを制御します。
図.2 UCC28630データシート
出典:Texas Instruments –http://www.tij.co.jp/jp/lit/ds/symlink/ucc28630.pdf
この抵抗値にはいくつか制約があるため、データシート[8.3.6 Magnetic Sense Resistor Network Calculations]に沿って決定します。出力電圧を決定する、当電源における主要部分なので慎重に計算すべきですが、面倒なので今回は計算ツールを使用しました。計算ツールはWebサイトから無償でダウンロードできます。
図.3 UCC28630 技術一覧画面
出典:Texas Instruments –https://www.tij.co.jp/product/jp/UCC28630
計算結果はこちら。
図.4 計算結果
次にトランスを実装します。ボビンの寸法が異なるため、スルーホールにそのまま差し込むことができないため、工夫が必要です。
例えばこんな感じで。
図.5 UCC28630自作トランス実装
個人的には「タカアシガニ」と呼んでいます。
禍々しいオーラを発していますが、実はこの方法、結構便利です。トランスは一回の試作で全く問題無く順調に動作することは無いと考えています。当然トランスの着脱を繰り返しますが、電源基板はGNDパターン等が広くなっていることもあり、取り外す際にピンに長時間半田ごてをあてることになります。また、全てのピンを同時に加熱する、などをしなければならず、半田の熱でスルーホールのメッキが劣化していきます。
タカアシガニにすることで、各ピンを個別に取り外せるため、基板の劣化度合いを和らげることができます。
とりあえずこれで準備は整いました。
さあ!火入れだ!!
予期せぬ事態
いつもこの「初火入れ」の瞬間はドキドキとワクワクが入り交じります。たまりません。いきなり大きな電圧を入力して燃えるのも怖いので、手動で徐々にAC0Vから電圧を上げていきます。AC60Vを通過、そろそろ動き出します。
あれ?
出力側の電圧系が無反応のままAC200Vまで来てしましました。何が起きているのか、波形で確認します。
図.6 UCC28630 自作トランス波形確認
なんということでしょう。FET_GateがLowになって暫く経ってからVsenseが持ち上がっています。MAGからの電力供給が遅れているためです。その遅れの要素は、巻き線の漏れインダクタンスです。
漏れインダクタンスが大きいと、電力伝達に必要なインダクタンスが減少し、さらに減少した分は寄生インダクタンスとなります。
図.7 漏れインダクタンスイメージ
漏れインダクタンスの原因は線材間の隙間や巻き線の巻き付け時のテンション等様々有り、特定は困難ですが、トランスのコア/ボビンの形状も考えられます。コアと巻き線の間の隙間が大きかったり、巻き線の屈曲箇所が多いと、漏れインダクタンスも大きくなるといわれています。
賢明な方はもうお判りでしょう。
はい、そうです。トランス巻き直しです!!さらに今回はただの巻き直しではなく、トランスの形状も変更します!!
設計の見直しとトランスの巻き直し
いい機会(?)なので、ついでにこれまでの設計についても見直し確認を行いました。VDDの巻き数を再検討するためデータシートを確認しました。
図.8 UCC28630 データシート抜粋
図.9 UCC28630 起動シーケンス
出典:Texas Instruments –http://www.tij.co.jp/jp/lit/ds/symlink/ucc28630.pdf
VDDの起動シーケンスは、1)VBULKが一定値以上でHV端子から流入した電流がVDDをVDD(start)まで持ち上げ、2) VDD(start)に達したらFETを最低3回スイッチングし、3)VDD巻き線を励起させ、4)所望のVDDを作り出す。という流れです。3回のスイッチングでVDDが持ち上がらない場合には、一定時間を経て再度3回スイッチングを行います。
起動には16.5V以上必要ですが、起動後は8.5V以上で良いため、通常動作時のVDDは14Vとすることにします。
Dutyですが、前回の設計では35%程度に設定しました。ただこの数値はVinがAC90VにおけるDutyですので、Vinが高くなればDutyは狭くなります。Vin_Max=264Vacならば、Vin_Min=90Vac時に比べ約1/3になります。これでは狭すぎるため、Vin_Min時の広げることになりますが、DutyはNpとNsの巻き数比により決定されますので、Npを増やすか、Nsを減らす必要があります。Npは既に100-Turns程度になることが見えていますので、Nsを減らすことにします。
新しいコア形状ですが、RM8にしました。
図.10 トランス コア形状
コアの中心が円柱形のため、巻き線の屈曲点が減らせます。また、コアがボビンにかなり「ピッタリ」嵌るので、巻き線とコアの隙間も非常に小さくなるよう作られています。
それらを考慮し、真トランスはこのような構成にします。
図.11 トランス シミュレーション結果
Nsがたったの2-turnsなので層を分けずにトリファイラ巻きにしようと思います。バイファイラ巻きやトリファイラ巻きはモーター設計ではよく耳にする言葉ですが、電源トランスでも用います。巻き方のイメージは下記の通り。
図.12 トランス 巻き方のイメージ
2本ならバイファイラ、今回は3本なのでトリファイラです。
3度目の正直
紆余曲折を経て、なんとか巻きました。
図.13 UCC28630 巻きなおしトランス実装
写真右側の黄色の固体はバルクコンデンサの放電スイッチです。通電後も高電圧の電荷が残っており、波形測定の際に感電の危険性があるため、基板を触る際には都度除電します。
トランスはボビンのピンピッチが評価ボードの既存トランスと同じだったのでタカアシガニにせずとも、スルーホールへの簡単なジャンパーで半田付けすることができました。
では、改めて火入れです。
図.14 UCC28630 巻きなおしトランス波形確認
美しい波形です。リンギングもコンパクトにまとまっています。
ただし、今回はコアを固着していないため、トランスからかなり大きな音を発します。RMコアは前作のEIコアに比べ有効断面積が大きく、磁束も大きく取れます。その分、コアが磁化する時にコア同士が反発しあうため、その振動がスイッチング音となります。そのため、RMコアにはコア同士を固定する金具と、コアと基板を固定する金具をオプションとして装着することができます。
さて、無事に動作しました。次回はこの電源を簡易評価します。