- 公開日:2021年10月28日
- | 更新日:2022年11月18日
スイッチングレギュレーターの過渡応答性比較実験!~周波数の速いPWM制御 vs 周波数の遅いコンパレーター制御~
- ライター:Nishie
スイッチングレギュレーターの負帰還回路の制御方式にはPWM制御方式とコンパレーター制御方式の2種類あります。
この制御方式の違いによって、それぞれ長所と短所がありますので、まずはこれらをご説明します。
その後に本記事では、負荷過渡応答特性の違いについて比較実験を行ったので結果を記載していきたいと思います。
PWM制御方式とコンパレーター制御方式の長所と短所
負荷過渡応答性
まずは負荷過渡応答性についてです。
PWM制御の場合、一般的に内蔵のオシレーターで定められたスイッチング周波数によって電源が応答できるバンド幅が制限されます。
スイッチング周波数は無制限に上げることができないため、PWM制御での負荷過渡応答性の高速化には限界が来ているのが現状です。
図1 PWM制御方式の負荷応答特性について
一方コンパレーター制御の場合は、電圧が下がるとONする、上がるとOFFするといった動作のため、コンパレーターの遅延時間
インダクターのランプ電流速度だけで応答速度が決まります。
図2 コンパレーター制御方式の負荷応答特性について
よって負荷過渡応答性という点に関しては、コンパレーター制御のほうが優れている、と言えます。
位相補償の必要性
次に位相補償の必要性についてです。
PWM制御の場合、負帰還制御による逆相の帰還での180°の位相遅れと、LCフィルターの180°の位相遅れによって、
何もしなければ発振してしまうため、位相補償を行う必要があります。
図3 PWM制御方式の位相補償について
一方、コンパレーター制御については、負帰還制御を実施しておらず、そもそも位相補償を必要としません。
出力電圧が下がるとONする、上がるとOFFするという単純な動作になります。
負帰還制御のように、位相遅れによって正帰還となって、出力電圧が上がっているのに、さらに上げる方向に制御してしまうということはなく、
出力電圧が上がっていれば、コンパレーターとしては、次のON動作はおこなわない形になります。
図4 コンパレーター制御方式の位相補償について
よって位相補償に関しても、コンパレーター制御のほうが特に考慮する必要はないという点で設計がしやすいことをご認識頂ければと思います。
スイッチング周波数の変動
次に、スイッチング周波数の変動についてです。
当然のことながら、PWM制御は内部にオシレーターをもっていますので、ある一定の周波数での動作を行います。
基本的にスイッチング周波数の変動はありません。
一方コンパレーター制御に関しては、前の説明でもあったように、スイッチング周波数を変調して制御をおこなっています。
初期のころのコンパレーター制御のICは、入出力条件によってスイッチング周波数が変わってしまうというデメリットがあったのですが
最近のコンパレーター制御のIC、TI社でいうと、DCAPシリーズ、DCS-Controlと呼ばれるものは、VIN及びVOUTに応じて
ON時間を制御してSW周波数がある程度一定となるように工夫しています。
そのため、スイッチング周波数の変動という点に関しては、PWM制御のほうが優れてはいますが、あまり差がなくなって来ているといえます。
外部同期の必要性
最後に、外部同期の必要性についてです。この機能は、複数のスイッチングレギュレーターの動作周波数を外部クロックに同期させてノイズのフィルタリングを容易にしたり、
また、ノイズに敏感なアプリケーションなどでは、他の回路に影響を与えないような周波数で動作させる場合に使用します。
PWM制御の場合には、内部にオシレーターがあるため、外部クロックへの同期が可能です。
一方コンパレーター制御の場合には、オシレーターが無いため、外部同期ができません。
よって外部同期が必要な場合には、PWM制御のタイプを選ぶことが必要です。
ここまでのまとめ
PWM制御とコンパレーター制御の長所と短所を説明しました。
ここまでの話をまとめると以下のようになります。
表1 PWM制御とコンパレーター制御の特徴まとめ
比較項目 | PWM制御 | コンパレーター制御 |
---|---|---|
過渡応答性 | 内部オシレーターのスイッチング周波数に依存するため
応答性に制限がある |
応答速度がインダクターのランプ速度で決まるため
応答性に優れる |
位相補償の必要性 | 負帰還制御を行うため位相補償が必要 | 負帰還制御を行わないため位相補償は不必要で
設計がしやすい |
スイッチング周波数の変動 | 内部オシレーターによりスイッチング周波数が一定 | スイッチング周波数を変調して制御を行う
TI社では、スイッチング周波数をある程度一定に できるDCAPシリーズ、DCS-Controlがラインナップ されている |
外部同期の必要性 | 内部オシレーターがあるため外部クロックとの同期が可能 | 内部オシレーターがないため外部同期が不可能 |
これら4つの違いの中から本記事では、過渡応答特性についてスイッチング周波数の速いPWM制御と周波数の遅いコンパレーター制御のEVMを用いて、比較実験をおこないたいと思います。
使用するEVMと測定機器・測定回路
使用するEVM
今回使用するEVMはTexas Insturument社製のTPS62902EVM-069(TPS62902EVM ユーザーズガイド)とTPS62912EVM-077(TPS62912EVM ユーザーズガイド)になります。
これらのEVMにはTPS62902とTPS62912が搭載されており、スペックは以下の様になります。
表2 デバイスの仕様
TPS62902 | TPS62912 | |
---|---|---|
入力電圧(V) | 3 to 17 | 3 to 17 |
出力電圧(V) | 0.4 to 5.5 | 0.8 to 5.5 |
出力電流(A) | 2 | 2 |
スイッチング周波数(kHz) | 1000 to 2500 | 900 to 2420 |
制御方式 | コンパレーター制御方式 | PWM制御方式 |
使用する測定機器・測定回路
測定に使用した機器を以下に記載します。
・安定化電源:Agilent_E3632A
・電子負荷:KIKUSUI_PLZ164WA
・オシロスコープ:KEYSIGHT_DSOX3024T
・電圧プローブ:KEYSIGHT_N2843A
・電流プローブ:KEYSIGHT_1147B
また、測定回路は以下の図のようになっています。
図5 測定回路図
測定条件と結果
測定条件
測定条件は以下のように設定しています。
*TPS62902EVM-069は出力電圧(Vout)=3.3Vに設定するため、R1=110kΩ、R2=25kΩに変更しています。
出力電流は、電子負荷の過渡応答モードを使用し、出力電流が0Aから1.5A、1.5Aから0Aになるよう設定しています。
表3 測定条件
TPS62902EVM-069 | TPSM62912EVM-077 | |
---|---|---|
入力電圧(V) | 12 | 12 |
出力電圧(V) | 3.3※ | 3.3 |
出力電流(A) | 0→1.5, 1.5→0 | 0→1.5, 1.5→0 |
スイッチング周波数(kHz) | 1000 | 2200 |
さらにEVM基板上の出力コンデンサーやフェライトビーズの違いが、結果に影響を与えないよう改造を加えています。
どの様に変更したかについて、以下に記載します。
出力コンデンサーに関して、TPS62912EVM-077のコンデンサーをTPS62902EVM-060に載せ替えております。
表4 EVMの改造
TPS62902EVM-069 | TPS62912EVM-077 | |
---|---|---|
出力コンデンサー | C9に22uFを追加
C10に22uFを追加 |
C7を取り外す
C8を取り外す |
フェライトビーズ(FB1) | ー | 取り外し、はんだで導通させる |
インダクター | 2.2uH | 2.2uH |
SmartConfig抵抗 | R4を21kΩに変更 | VINに接続 |
実際の改造後の基板は以下のようになっています。
図6 EVM写真 左:TPS62902EVM-069、右:TPS62912EVM-077
以上のように基板改造を行った後、オシロスコープで出力電圧と出力電流を測定します。
測定結果
それでは、測定結果を以下の表と波形で示します。
表5 測定結果
出力電流 | TPS62902EVM-069 | TPS62912EVM-077 |
---|---|---|
0A→1.5A | 130mV | 43.75mV |
1.5A→0A | 115mV | 33.75mV |
図7 測定波形
このように、スイッチング周波数の遅いコンパレーター制御では1.5Aの負荷変動に対して約125mVの出力電圧の変動があり、スイッチング周波数の速いPWM制御では1.5Aの負荷変動に対して約43mVの出力電圧の変動がありました。
結果として、スイッチング周波数の遅いコンパレーター制御とスイッチング周波数の速いPWM制御の過渡応答特性を比較した場合、
周波数の速いPWM制御の方が良い結果となりました。
一般的に、スイッチング周波数を同じにして比較するとコンパレーター制御の方が過渡応答特性が良くなる傾向があるため、スイッチング周波数の違いでこんなにも差が出ることに驚きました。
今回の結果の考察をするためにも、過渡応答特性だけでなく、スイッチング波形や位相余裕などを確認していきたいと思います。
おわりに
実際にEVMを用いて、過渡応答特性を評価しました。
結果として、スイッチング周波数の速いPWM制御の方が過渡応答特性が良いという結果になりました。
今後の記事で、この結果について考察していきたいと考えておりますので、考察に関しては次回をお待ちください。